ごきげんのヒントをお届けする田中りんのメルマガです。
みなさまごきげんいかかですか?
私はサラリーマンで心身ボロボロの状態だった時、家事万般、特に料理が苦手で渋々やっておりました。
今回は、今でこそ楽しく家事を淡々とこなせるようになった自分の変化や、周りの人を観察していて、いつも思っていたことをお伝えしてみたいと思います。
それは、誤解を恐れずに言いますと、料理をしない人は心が病みやすい、と言うこと。
例えば芸術家など思いっきり創造的な暮らしをしていたらいいのかもしれません。
湧き上がる何かを表に出して表現する芸術家。
一方、日々の欲求、お腹すいた、散らかって不快、眠たいなどなど
湧き上がる暮らしの欲求に対応する私。
前者は芸術活動、後者は暮らし、と言い換えてもいいのかもしれませんが、私には同じ”クリエイティブな活動”に思えます。どちらも自分の中に湧き上がってくる何かを体を動かして表現しているからです。
歌いたい歌を大観衆の前で歌い上げる歌手と、
自分の本当の気持ちを言葉に出して相手に伝える私は同じくクリエイター。
作ってみたいデザインの服を作り上げるデザイナーと
お洗濯してアイロンかけ、どの組み合わせで服を着たら素敵か考える私も同じ。
美しいと思う建物を設計する建築士と
綺麗に掃除して美しく場を整える私も同じ。
描きたいものを表現する画家と、
食べたいものを料理する私も同じ。
思ってることとやってることがちぐはぐになってくると、人は具合が悪くなって、不機嫌になってきます。
ですので、思ったとおりのことを自分で行動すること、
つまり自分の欲求を自分で叶えることができた時が、実は一番満足できるのです。
芸術活動は特別な才能がないとできないような気がして、やらない方も多いでしょう。
暮らしを整えることなんてめんどくさくてやってられないと思ってる方も多いでしょう。
結果、クリエイトしてくれた人の作ったものを選ぶのみで、暮らしのほとんどを簡素化、外注していると言う人が多いのではないだろうか?
いいものを選びに選んで、暮らしの中ではほとんどクリエイティブな時間を持っていない、、、。
思い当たりませんか?
しかし!!
実は、選んでるだけでは人は満足できないのです。本来は自分で表現することが何よりも満たされる行為なのです。
信じられない??
では、ホルモンと自律神経で考えてみましょう。
ものを選んで手に入れる時、やった〜!嬉しい〜!と言う気持ちになります。
その時、アドレナリンとかドーパミンなどの興奮快楽物質が出まくります。
これは中毒性があるので、どんどん強い刺激が欲しくなるのです。
この時、交感神経が働き、やる気や楽しさを感じる一方、緊張状態でもありますので、いきすぎると疲れてしまいますし、買い物依存症とかにもなってしまいます。
一方、自分の身体を動かして暮らしを整えている時、オキシトシンとかセロトニンと言う精神が安定するホルモンが出やすいのです。
これは温泉に入ってハァァぁぁ〜って緩むあの感覚が一番イメージしやすいですねぇ。
この時リラックスする副交感神経が働き、身体が緩んで、しあわせだなぁ〜って安心感に包まれます。
こうやって考えてみると、やりたいことをやっているのに、欲しいものは大抵手に入るのに、どうして満足できなのかが理解できると思いませんか?
楽しさ(アドレナリン、ドーパミン系)と満足(オキシトシン、セロトニン系)は違ったのです!
お家の外で非日常をやりたいだけやっても、欲しいものを欲しいだけ買っても、食べたいものを食べたいだけ食べに行っても満たされないのは、楽しみを味わったのであって、満足とは違うと言うことなんです。
となると、満足するのに一番手軽で理にかなってるのが、自分の想像力をフルに使って、一番心地よい状態をイメージして自分で動いて整えることなんです。それが、暮らしのあれこれ、つまり”家事”。
掃除や洗濯、修理などや、買ったものを丁寧に扱っていく行動こそが、幸せ感や満足感を味わえて、心が満たされていく行為であると理解できると思いませんか?
その最たるものが料理なのではないかと思います。
こんなものが食べたいと思い、食材を揃えて、手を動かして、五感をフル回転させて、作る。
ああできた〜と言う達成感と開放感を経て、モグモグと味わうことでじみじみとした満足感を味わえる。
これを日々繰り返すことで、少々の心の乱れも、料理を作ってるうちに安定してくるんです。
めんどくさいと思っても淡々とやり続けることが本当に大事。
一食なんとか作り切って、落ち着いて食べてしまえば、本来のリラックスしたごきげんな自分に戻ってくる感じ。
動けなくなってしまう前に、めんどくさいなあ、くらいでやり続けるのがコツかな。
暮らしは全てそんな魅力のあるクリエイティブな活動だと思ってます。
さらに、暮らしを整え続けていると、自分のために自分にしてあげたと言う、そこはかとない満足感と、自分でできたと言う安心感がみなぎって、私は私で大丈夫、と言う根拠のない自信がみなぎってきます。
家事大嫌いな私は、逃げて逃げて遊び呆けておりましたが、子どもが生まれてやる羽目になり、しばらくは、超渋々家事をやっておりました。
それがある時から、料理に関してはいかに簡単に美味しくできるか?を考えるようになり、調味料や焼き方、切り方を研究したり、掃除を楽しくするために道具を考えて、、、とやり続けていくうちに、楽しさとは違う”安らぎ”や”満たされた感じ”を味わえるようになってきました。
最近では、包丁を砥石で研いでピッカピカにして、サクサク野菜を切るのに異常に喜びを感じております。
ここまでくると、すでに日々ごきげんです。
逆に、家事を日々取り組めない人は、ふきげんだと思っていて間違い無いです(笑)。
満足するだけの時間を自分にかけようとしても、待てなくて、地に足がつかなくて、イライラしてくるので、結局アドレナリン系の楽しいことで時間を埋めて麻痺させちゃって、それ以外の時間は一向に満足できずにふきげんな負のループ。
いや〜過去の私です。
そりゃいつまでたっても満たされないわけだ!
そんな時は、しばらく頑張って立ち止まり、暮らしの中で手を動かしてみてください!
それから、どんなに拙くても、芸術活動することはとても大事なことだとも思ってます。
私は誰にも聴かせられないけれどアイリッシュハープを楽しんでおります。ああ〜綺麗な音だな〜って。全部曲が引けなくても音を楽しんでます。
自分が気持ちいい音を出す。
自分が美しいと思う色を塗る。
自分のためだけの表現だって、大切な芸術だと思うのです。
それは、自分の感覚を味わいながら家事を楽しむ状態と同じだと思います。
本音を言葉にして表現する行為も同じで、自分のために初めて本音を口にできた時、それは大観衆の前で気持ちよく歌い上げる歌手にはかなわないくらいの開放感を体験できますよ。
私たちはいつだって表現したがってます。
自分で動いて満足したいと思ってます。
それが生きると言うこと。
頭では、やってもらった方が楽だ、めんどうだ、と思ってしまいますが、本当は違ったんですねえ!
冒頭の料理をしない人は病みやすい。と言うのは、本当に周りの人を見ていていつも思っていたこと。
心ごと病んでしまう人は本当に料理や家事をしたくなくて、不機嫌な人が多い。なんでだろう?とずっと考えていたことを今回書きました。
そしたら、めちゃくちゃ共感する本に出会いました!
心の病の当事者でもある作者が料理をするようになって元気になった記録です。
手書きの文章の味わい深いです。
”料理を作ることは自分を作ること”と言う文章に激しく頷きまくりの本です。
面白い切り口でいつもなるほどな〜と感心してしまいます。
『cook 坂口恭平 晶文社』
本当に感じていることを口に出すことはとてもクリエイティブな自己表現です。
健全に表現する方法を学びましょう。
遠隔でも対応しておりますので、お問い合わせください。
病や身体の症状は表現の一つです。
何を伝えたいのか確実にキャッチする体験こそ芸術だと思います。
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本日もお読みくださりありがとうございました。
またお便りしますね。
田中りん
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自分は果たしてごきげんなのだろうか?
この状態は、実はごきげんではなかったんだ、などなど
ご自身の状態をチェックしてみてください。
その項目に関連した参考記事も紹介してますので、
合わせてお読みいただけると楽しいかな、と思います。
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